在宅ボクシング観戦のススメ:日本人厳選5戦

 







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武田編集長
CLIP山形 編集長選抜総選挙で1位を獲得

自粛が解かれて飲食店には徐々にお客が戻りつつあり、まがりすけでつけ麺を食べて満足したこの頃、梅雨に入ってジメジメするのでまた外出したくなくなります。

今回は在宅シリーズ第3弾、在宅ボクシング観戦のススメと称して独自に選んだベストバウトをご紹介、日本人の試合に限ってお送りします。

浜田剛史 vs レネ・アルレドンド

1986年7月24日 / WBC世界スーパーライト級タイトルマッチ

当時のジュニア・ウェルター級。

1R3分9秒、戦慄のKO劇で幕を閉じた。子どもが観たら泣くかも。きっと鳥肌が立ってトラウマになる。

浜田は「15試合連続KO勝ち」の日本記録保持者(比嘉大吾はタイ記録)。パンチが強すぎて拳を何度も骨折している不屈の男。

試合前、オーバーワークで一度倒れているらしい。

さらに、右ひざを大ケガしたまま試合に出場し、1Rで倒せなかったら諦めるつもりだったという。だから勝利後、膝が痛くてコーナーから動けなかったというのだ。

名言「相手との距離が10cmあれば倒せる」

辰吉丈一郎 vs シリモンコン・ナコントンパークビュー

1997年11月22日 / WBC世界バンタム級タイトルマッチ

辰吉は今年で50歳になり、まだ現役。

「浪速のジョー」が持つ”ポテンシャル“は日本歴代1位を井上尚弥と争うと思う。専門家ほど彼の才能を絶賛していた。また才能だけではなく、ボクシングファン以外も人間的魅力にとりつかれ、多くのファンがいる。

下馬評を覆してこの試合で3度目の王座に返り咲き、不死鳥と呼ばれた。

左ボディ―を突き刺し、くの字に折り曲げられたシリモンコンはゆっくりと倒れていった。

観客の盛り上がりは異常なほど。

名レフェリーのリチャード・スティール曰く「オスカー・デ・ラ・ホーヤには若い女性ファンが何人いるか知らないが、あれだけ多くの青少年を夢中にさせるという点では、辰吉が世界一だと確信している」

筆者はファンなので、直近のカーサイ・ジョッキージム戦をバンコクまで観に行ったらリングサイドなのでテレビに映ってしまった。

息子の辰吉寿以輝君も応援しています。

高橋ナオト vs マーク堀越

1989年1月22日 / 日本スーパーバンタム級タイトルマッチ

世界戦ではないものの、よく日本ボクシング史上最高の名勝負に選ばれるほど手に汗握り、白熱する試合。

「逆転の貴公子」と呼ばれた高橋をまさに体現する試合内容だった。ダウンの応酬で、とにかく誰が観ても面白い。

チャンピオンのマークはすでに6回も防衛しており、ハードパンチャーで恐ろしかった。

高橋は恐らく3Rに強いパンチをもらったせいで8Rまでの記憶がない。

最後は足がおぼつかないのにやる気を見せているマークのハートはいったいどうなってるんだと思うけど、さすが米軍兵士である。

マーク堀越(本名マーク・ブリックス)は当時、現役米軍兵士で青森の三沢基地に勤務し、基地の近くにある八戸帝拳ジムに所属していた。2014年4月、母国アメリカで病死している。亨年52歳。

名護明彦 vs 松倉義明

1998年3月9日 / 日本スーパーフライ級タイトルマッチ

ボクサーにとって一番大切なものはパンチ力、というと反対する人が多いかもしれない。ボクシングはスピードとタイミングだ、なんてよく聞いたものだ。

筆者は超絶ハードパンチャー名護が大好きだったのです。

高校時代、数々の実績を残し、鳴り物入りでプロデビューした名護が大好きだったのです。

礼儀正しく、物静かで、とても繊細。と、半ば想像も含めて。

パンチはジャブでさえ相手をグラつかせることもある。

デビューから快進撃を続け、サクッとたどり着いた印象のある日本タイトルマッチだった。当時、「プロのケンカ屋と元アマのエリート対決」といわれた。

松倉はとても強くてKO勝ちが多い、素晴らしいマッチメーク。

名護は沖縄出身で、具志堅用高と同じ興南高校を卒業し、スカウトされて白井・具志堅ジムからデビューしている。

どんな試合内容であれ、右フック一発で試合が終わる気がした。

早いラウンドでKO勝ちすると、具志堅用高氏はこう言っていた。

「汗かいたか?」

畑山隆則 vs 坂本博之

2000年10月11日 / WBA世界ライト級タイトルマッチ

畑山は韓国人のトレーナーの元、日本人と韓国ファイターをミックスしたような唯一無二のスタイルでスーパーフェザーのチャンピオンになる。その後、一度引退宣言したが、撤回してダイレクトにライト級タイトル戦に挑戦して勝利していた。

勝利後、リング上で坂本にケンカを売った。「次は坂本選手とやります」と。

坂本は極貧生活から雑草も食べ、孤児院で育つ経験を持ち、ヤンキーだった畑山とは対照的。

日本人にとってライト級でチャンピオンになるのはとんでもないことで、当時はガッツ石松しかいなかった。

誰もが畑山は足を使うと予想していて、恐らくセコンドの指示もそうであったはずが、チャンピオンは打ち合いに応じた。

序盤からあまりにも意外な展開で打ち合いが続き、お互い最終ラウンドまでする気がない。倒すか、倒されるか。

フィニッシュブローは映画のように劇的で、マットに沈む姿は無音の中で時間が止まるかのようなスローモーションを形成していく。

畑山がカムバックした理由は坂本と戦うためだった、と試合後に知った。

おわりに

5試合に絞るのは思った以上に難しかった。

奇跡のミドル級チャンプになった竹原慎二、生きる伝説デュランと戦ったガッツ石松、皆が真似したカウンターのカウンター長谷川穂積、日本版石の拳・山中慎介、世界殿堂入りしたファイティング原田と具志堅用高、炎の男・輪島功一・・・キリがない。

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